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コミュニケーションの耳袋

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2007年04月26日(木)

MANSAI解体新書:間は魔である

野村萬斎が世田谷パブリックシアターで行っているシリーズ。
現代芸術の世界を構成している要素をパーツに解体し、
その成り立ちと根拠を問い直す、トーク&パフォーマンス。
毎回、アーティストと学者を招き、
萬斎とのやりとりが面白い。
今回のテーマは、「間」。

千家十五代千宗屋と、大脳生理学者池谷祐二という
不思議な組み合わせだ。舞台の上に作った茶室に招かれた
萬斎と池谷さん。
居心地悪そうに、茶を振舞われる。
作法を追うだけで精一杯に見える。
まさに、間が悪い。それでなくても、千さんの所作は
まるでパーフォーマンス。観客の前で、芝居をしているようだ。
その千さんの所作と受け手の二人の間がもたない。
見ているほうもリラックスできない。
この雰囲気は何だ?
そもそも茶室は一畳半に四人の客を迎えるらしい。
まさに、スペースとしての「間」と主人との時間の「間」が
交錯する。ちょっと怖い。
そして、主人の茶や器に対しての問いに対して
どう反応するか。間がすべてを制する。
まさに、六代目尾上菊五郎が言った
「間は魔である」だ。
池谷さんが言うには、脳は間を感じて、その間を都合よく
埋めていくらしい。
もともと、脳の視覚野にはわずか3%しか、目からの情報が
入ってこないという。
なんと、アバウトな脳の能力。
だからこそ、「間」は間が抜けたり、間がさしたり、間に合ったりするのか。
ますます面白い。
萬斎さんは、役者として時間の伸び縮みをコントロールして
間を操るらしい。
なんと深い、「間」。
だからこそ、九代目市川団十郎の言葉が意味を持ってくる。
教えられる間は、間(あいだ)と書く。
教えられない間は、魔と書く。
時間と空間には、やはり魔物が棲んでいる。

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