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コミュニケーションの耳袋

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2007年05月10日(木)

狂言への挑戦:100日間③

電車に乗っていても、歩いていても、スターバックスでも、
イヤフォンから師匠の台詞が流れてくる。
当然、口は台詞を追っている。
時々、大きな声を出しているらしい。
電車の隣に座った人が変な顔をして席を移った。
思わず、「これは如何なこと、」

そのうち、人の目も気にならなくなってきた。
こんなにひとつのことに打ち込んでいるのは何年ぶりだろう。
じぶんでも驚くくらいだ。
当然、家でも、風呂はまだでござるか、
さてもさても、おいしゅうお肉でおりゃる、
あきれたのか、カミさんも、もうすぐでござる、ときた。
家中、狂言。室町時代かうちは?
しまいには、摺り足で歩く始末。
でも、それが楽しくなってきた。子どもの気持ちを思い出した。
いやいや、これほどに成るとは思いもせなんだ。
はーは、は、は、は。
この笑いが難しい。ただ大きな声で笑えばいいのかと、
大きな声を出していたが、師匠の叱責。
まず、前の台詞の音程より少し低く始まり、
だんだんと低く小さくなっていく、という。
山伏の愚かさを見て、自分の中で笑っている。
うーむ。う、う、う、う。
笑いがこんなにむずかしいとは。深い。
笑っているという感情の起伏が、見ている人に
伝わるように。それが、最も大事な目的。
そうだった、狂言はシンプルなつくりの中で、
おかしみの感情を伝えて、笑わせる劇。
ますます、不安が大きくなってきた。
1ヶ月経過。

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