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コミュニケーションの耳袋

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2008年01月04日(金)

北国の正月は白かった

あけましておめでとうございます。
ことしはどんな年になるか、どんな年にしたいか、
みなさん、お考えのことと思います。
私はただひとつ。「季節の感受性」
もういちど、あの感覚を取り戻したいと願っています。
P1010506.JPG

100%の人が、これからの一年に思いをはせる正月。
素晴らしい習慣です。
もちろんできるかできないかは別にして、
「思い」「願い」を心の中で飛ばす、それこそが一番大事なこと。
これを失ったら人間は生きていく心意気をなくしてしまうでしょう。
そのときに重要なことが、季節の感覚。
冬は明るい春を待ち、春は足取りが軽くなり、
夏は一年中の新陳代謝を行い、
秋は人とのふれあいを喜ぶ。
この気持ちの動きこそが、人間を感覚的にしています。
しかし、
春も夏も秋も区別がつかないような日本。
地球温暖化は人類の大問題ですが、
なにより日本人として生きる「心」に大きな影響を与えています。
微妙な感覚のずれが、とんでもない無感覚を引き起こし始めているのです。
こうして書いている自分も、
暖かい冬にうれしくなったりしているのですから。
もともと日本には、二十四節季という季節の感覚があり、
四季を細分化して、自然の変化を感じてきました。
それが、二季節どころか、一季節になりかねません。
正月に故郷青森に帰って、寒さを身にしみて感じました。
痛いけれど気持ちよかった。
ぴゅーぴゅーだけれど、白さが心をきれいにしてくれました。
やっぱり冬は寒いに限る。
春を待つ気持ちが、ほくほくと育つのですから。
ことしは、自分でできることを。
季節の感受性を取り戻すために。

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