近頃、ギャンブルの話を
聞く機会がとんとない。
不思議な心持である。
なぜなのか?
それとも、ギャンブルを知らないのか?
考えてみる。
ギャンブルという言葉から、
多くの人は何を連想するか?
競馬、競輪、競艇などの公営ギャンブル。
カジノ、麻雀、パチンコ、花札。
鉄火場や博打打を思う人は、やくざ映画の見すぎ。
そこから、
危険、やばい、近寄りたくない、
という危険心理も生まれる。
やったことのある人なら
損をして身を滅ぼす!がまず頭をよぎるだろう。
ま、どう贔屓目に見ても
世の中では、はぐれた存在であることは間違いない。
しかし、ギャンブルは世の中から消滅していないこともまた事実。
それどころか、東京をはじめ日本各地で
カジノ運動が起きている。
もちろん、それは経済活動にすぎないのだが。
ギャンブル、つまり博打なのだが
その存在は、近年に始まったことではない。
大昔、古代にさえさかのぼる。
彼らは、自然(ピュシス)とつながっていたらしい。
彼らとは、博打打も含めて、
陰陽師、山伏、職人的武士、下級刑吏の放免、悪僧など
現代では悪党と思われているやから。
この悪党こそ、
あらかじめコントロールされていない力と
直接的に渡り合い、生きている人々だ。
これは、歴史学者・網野善彦さんの「異形の王権」に
詳しく記されている。
凄い本ですよ!
そして、この悪党たちを歴史の表舞台に連れ出したのが、
後醍醐天皇。
彼は、新しい法治的な王権をつくろうとしていた源頼朝に対して
魔術的な王権で対抗した。
そのために、
後醍醐天皇は、山の民、海の民、川の民を集め
ピュシスとつながる境界的な存在を味方につけたのらしい。
それらが、まさに悪党。
博打打もその中にいた。
理屈や論理では計り知れない博打。
しかし、なにやら答えめいたものがやってくる。
これが、博打つまりギャンブルの不可思議なところだ。
網野さんの発見を知ってからは、
ギャンブルの持つ効用を考えるようになった。
なんだか分からないけれど、
なんだか閃くのはなぜ?
これは間違いなく、クリエイティブ。
クリエイティブと言うとカッコよくて
ギャンブルと言うと危ない。
でも、結局は同じこと。
だから、ギャンブルは止められない?
先週の皐月賞も閃いた、ヒルノダムールが
最後の最後で突っ込んできて2着。
5月は、ダービーが待っている。
悪党的思考を磨いておかなければ。

