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コミュニケーションの耳袋

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2010年04月04日(日)

中沢新一VS.隈研吾

いやー、おもしろかった。
ほんと、濃い話だった。
中沢新一さんの第5回アートダイバー。

いちばん驚いたのは、
中国が、2010年を境に
日本から学び始めるだろう、ということ。
なんでも風水では、60年ごとに中国の節目が変わるらしく、
今年がその節目。

では、いったい何を学ぶのか?
「死者と生者のつながり」。
生の世界と、死の世界は行き来できるもの
と昔は中国でも信じられていた。

それが、アメリカ大好き(?)毛沢東の文化大革命で
その考え方が失われてしまい、
いわゆる欧米的な生者の市場経済主義の道を歩み始めた。

どうやら、こういうことらしい。
その思想が確かに残っている国が
我らの日本。

もともと、縄文の頃から
自然=神と信じてきた日本人は
死の世界つまり神の世界とは行き来ができるものと
思っていた。

今でも残るのは、お盆。
使者を迎えて火を焚く。
盆踊りでは、死者を歌や踊りで歓迎する。
当たり前のように、夏になればどこでも行っている。

また、日本の集落は、墓を中心に考えられていた。
墓は神の世界であるので、当然のこと。
その世界とつながるために
住居は土や草でつくられ、
境界性はあるものの、墓(神の世界)とつながるようにできている。

建築家の隈さんは、ある時これに気がついたそうだ。
隈さんの建築は、「負ける建築」「反オブジェクト」でもわかるように
欧米型の自然と戦う建築ではない。
いかに、自然のままに建築を融合させるかを大事にしている。

シャープの吉永小百合さんのCMでもおなじみの
中国の竹の家はまさにその典型。
家は母の体内、つまり自然(神)。
そこに外の自然もつながっている。

こういう考え方ができるようになれば
自然(神)と人間は上手に共生できる。
これこそが、いまの社会や人間を救う。
そう感じて、頭がジンジンしていた。

つまり、「死」というものを忌み嫌うか、
それとも生と死は同じものと考えるか。
中沢さんのような人が、世界を日本を変えられるに違いない。
ほんと、おもしろかった。

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